上野総合市民病院の、がん診療の臨床成績を紹介する論文が、英国科学雑誌
「Scientific Reports」(※1)に掲載されましたので、その概要等をお知ら
せします
1 論文タイトル
「Fish oil-enriched nutrition combined with systemic chemotherapy for
gastrointestinal cancer patients with cancer cachexia」
(がん悪液質(※2)に陥った消化器がん患者に対する、全身化学療法に組み
合わせた魚油成分付加栄養療法の有用性)
2 執筆者
上野総合市民病院所属の管理栄養士、医師、看護師(投稿後の転出者を含む)
アドバイザー:三重大学消化管小児外科、米国ベイラー医科大学、
英国グラス ゴー大学の教授。
3 論文概要
本邦の急速な高齢化はがん患者さんの超高齢化を生み、さらに高齢者の一人暮らし、老老介護などの要因も加わり、高齢者のがん治療の維持はきわめて困難となっています。
これはいわゆる「がん難民」という社会現象の主たる原因でもあり、特に伊賀地域を代表とする地方都市では、がん難民は今後も増加の一途を辿ると考えられています。
当院は、その解決策として2011年(平成23年)4月、院内に「がんサポート・免疫栄養療法センター」を開設し、これまで約5、000件のがん栄養支持療法(※3)を行ってきました。今回発表した論文は、その6年間の成果をまとめたものです。
具体的には、がん患者さん、特に高齢の患者さんに対する支持療法として、定期的な栄養評価と栄養指導、魚油成分(※4)を付加した市販の栄養剤投与など、個々の患者さんの状態に合わせた栄養療法を綿密な計画をもとに施行してきました。その結果、「がん悪液質」という、抗がん剤が効きにくく、さらに副作用が強く出現する、極めて重篤な患者さんの不良な栄養状態を改善し、QOLの向上とともに、抗がん剤治療の継続を延長させることができました。
そしてさらには、生存率が極めて低い「がん悪液質」患者の生存率を有意に向上させることに成功しました。
当院が得た、6年の長期に及ぶ臨床成果は、これまで国内のみならず国外においても発表されておらず、地域特性を生かした伊賀オリジナルの成果といえます。
今後、地球全体のレベルで高齢化が急速に進むと予想されており、伊賀地域は先駆的な、がん医療モデルを世界へ向け発信したと考えます。
4 今後の取組
がん患者さんが、治療をより安全、かつ安心して継続できるよう、栄養療法だけでなく、普段の生活指導、運動リハビリなどを指導する5日間の教育入院プログラムを本年より開始しております。またこの度、内閣府で認められた、当院と味の素との共同研究である、がん患者さんに対する遠隔医療栄養指導システムを、将来的に外来診療に導入し、よりシームレスに在宅医療を支援していきます。
当院では、今後受診が増えると予想される三重県内外のがん患者さんを、地域集学治療センター(5階病棟)で受け入れるべく、スタッフの教育、整備等を行ってきており、十分な体制を整えております。また、7月より毎週金曜日午後に専門外来をオープンし、広く患者さんを受け入れる体制を整えています。
伊賀名張地域の患者さんが「がん難民」になることなく、地元で最後まで安心して医療を受けることができるよう職員一丸となって頑張っていきます。
外来予約等、お問い合わせは、伊賀市立上野総合市民病院・地域医療連携室まで
(0595-41-0061直通)。当院ホームページにても詳細をお知らせしています。
※1 Scientific Reports(サイエンティフィック リポーツ)
世界的に有名な科学雑誌「Nature」を出版しているNature Publishing Group が、世界中の高度先進研究機関で得られた有益な研究成果をより迅速に世界に公開し、より多くの読者に恩恵を施す目的で発刊されたオンラインジャーナル。
インターネット経由で、世界中の誰もが一切の制限なく読むことが可能で、最新の科学情報を手に入れることが出来ます。論文の内容は、複数の国際的に著名な専門家により評価を受け、高評価を受けた論文のみ掲載が許可されます。
※2 がん悪液質
がんの進行とともに、がん患者さんの50%に出現する、食欲不振、体重減少、筋肉量減少、筋力低下をきたす全身性の病態で、日常生活の維持を困難なものとします。一般にがん患者さんの直接死因の30%は、がんそのものではなく、がん悪液質であるとされています。積極的ながん治療の継続も困難となり、その結果、多くの患者さんは「手だてがない」と見放されることも多く、「がん難民」を生む原因にもなります。
※3 がん栄養支持療法
がん患者さん一人一人の栄養状態、筋肉量、1日エネルギー消費量を測定し、個々の患者さんに合わせた、食事内容、栄養剤選択、ならびに筋力低下を防止する運動リハビリを指導する治療法です。
※4 魚油成分
魚油に含まれるEPA、DHAが、がん悪液質によってもたらされる、全身性炎症反応を制御し、その結果、抗がん剤の有効性を高め、副作用発現を低下させ、さらに栄養療法の有効性も高めると言われています。